最高裁判所第二小法廷 平成3年(オ)491号 判決 1995年1月20日
上告人
成瀬好英
右訴訟代理人弁護士
滝澤功治
小越芳保
被上告人
政木光男
同
政木勇
主文
原判決中上告人敗訴部分を破棄する。
前項の部分につき、本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人滝澤功治、同小越芳保の上告理由第一点について
一 原審が確定した事実関係は、次のとおりである。
1 商工組合中央金庫(以下「商工中金」という。)は、昭和五四年七月二〇日、株式会社おかもとに対し、三五〇〇万円を、昭和五五年一月から昭和六一年五月まで毎月一〇日に四五万円(最終回は八〇万円)を支払う、利息は年8.1パーセント、遅延損害金は年14.5パーセントとする旨の約定で貸し付け、上告人、岡本好晃及び政木春子(以下「春子」という。)の三名が右の貸付金債務を連帯保証した。
2 上告人について、昭和六〇年三月六日神戸地方裁判所明石支部において和議開始決定があり、同年六月一二日、(1) 和議認可の決定が確定した日から六箇月を経過した日を第一回とし、以後一年目ごとに合計一五回にわたり、毎年和議債権元本の四パーセント相当額を支払う(総計六〇パーセント)、(2) 債務者が(1)の支払を終えたときは、債権者は債務者に対し、その余の和議債権元本及び利息遅延損害金を免除する、との内容の和議条件(以下「本件和議条件」という。)で、和議を認可する旨の決定が確定した。
3 春子は、昭和五六年一〇月三一日から昭和六三年一〇月二〇日までの間に、連帯保証人として合計四五九七万四七三〇円を商工中金に弁済した。
4 岡本好晃は無資力である。
5 春子は、平成元年九月一三日死亡し、これを被上告人ら両名が相続した。
二 本件は、被上告人らが、上告人に対し、民法四六五条一項、四四二条、四四四条に基づき、右弁済額合計の二分の一に相当する二二九八万七三六五円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める請求である。
原審は、右の事実関係の下で、前記弁済により発生した上告人の春子に対する求償債務は、右金額及びこれに対する右弁済の後である昭和六三年一〇月二一日から完済まで年五分の割合による利息を支払う義務であり、右求償債務が、本件和議条件によって、平成元年一二月一二日を第一回とし、以後平成一五年まで毎年一二月一二日に右元本二二九八万七三六五円の四パーセントに当たる九一万九四九四円(円未満切捨て)を支払う義務等に変更されたと判断し、その限度で被上告人らの請求を認容すべきものとした。
三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。
連帯保証人は、自己の負担部分を超える額を弁済した場合は、民法四六五条一項、四四二条に基づき、他の連帯保証人に対し、右負担部分を超える部分についてのみ、求償権を行使し得るにとどまり(最高裁昭和四五年(オ)第六一七号同四六年三月一六日第三小法廷判決・民集二五巻二号一七三頁)、弁済した全額について負担部分の割合に応じて求償することができるものではない。そして、連帯保証人の一人について和議開始決定があり、和議認可決定が確定した場合において、右和議開始決定の時点で、他の連帯保証人が和議債務者に対して求償権を有していたときは、右求償権が和議債権となり、その内容は和議認可決定によって、和議条件どおりに変更される。
右の場合、和議開始決定の後に弁済したことにより、和議債務者に対して求償権を有するに至った連帯保証人は、債権者が債権全部の弁済を受けたときに限り、右弁済による代位によって取得する債権者の和議債権(和議条件により変更されたもの)の限度で、右求償権を行使し得るにすぎないと解すべきである。けだし、債権者は、債権全部の弁済を受けない限り、和議債務者に対し、和議開始決定当時における和議債権全額について和議条件に従った権利行使ができる地位にあること(最高裁昭和六〇年(オ)第五八九号同六二年六月二日第三小法廷判決・民集四一巻四号七六九頁参照)からすれば、連帯保証人は、債権者が債権全部の弁済を受けるまでの間は、一部の弁済を理由として和議債務者に求償することはできないというべきであり、また、和議制度の趣旨にかんがみても、和議債務者に対し、和議条件により変更された和議債権以上の権利行使を認めるのは、不合理だからである。
これを本件についてみるに、春子の上告人に対する求償権の存否及び額を判断するには、前記説示したところに従って、和議開始決定までに春子が上告人に対して有していた求償権、和議開始決定の後に春子が上告人に対して有するに至った求償権、和議開始決定時に商工中金が上告人に対して有していた和議債権(連帯保証債権)の各内容及び商工中金が債権全額の弁済を受けたか否かを確定しなければならない。ところが、原審は、これらの点を何ら確定しないまま、春子は、上告人に対し、右の和議開始決定の前後にわたって商工中金に春子が弁済した額の合計額の二分の一に相当する二二九八万七三六五円の求償権を有するものとし、右求償権が本件和議条件とは異なる内容に変更されたものと判断し、その限度で被上告人らの請求を認容したものであり、原審の判断は、法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は右の趣旨をいうものとして理由があり、原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして、以上判示したところに従って更に審理を尽くさせる必要があるから、本件を原審に差し戻すこととする。
よって、その余の論旨に対する判断を省略し、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官大西勝也 裁判官中島敏次郎 裁判官根岸重治 裁判官河合伸一)
上告代理人滝澤功治、同小越芳保の上告理由
上告人は、原判決には、以下のとおり理由不備または判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違背が存し、当然破棄されるべきであると思料する。
第一点 本件和議条件の解釈の誤り(原判決理由第三、三について)
一 原判決の認定
1 原判決は、「事実及び理由」第三、三において、
ア 神戸地方裁判所明石支部は、昭和六〇年三月六日、上告人に対し、和議開始決定をなし、次いで同年五月二八日、別紙和議条件をもってする和議認可決定をなし、右決定は、同年六月一二日確定した
イ 本件求償債権は、和議認可決定確定の前後にまたがって順次なされた代位弁済により発生し、和議認可決定の確定後の平成元年一月二〇日に上告人に送達された本件訴状によって催告がなされた。
ウ 平成元年一二月一二日、和議条件に基づく和議債務支払い日が到来したとの各事実を認定したうえ、被上告人らの上告人に対する本件求償金債権がどのような内容になるかについて判断をなし、
① 平成元年一二月一二日を第一回とし、以後平成一五年まで、毎年一二月一二日に求償金元本の四パーセント相当額を支払う
② 以上の支払いをしたときは、その余の債務の免除を受けられることになるが、その支払いをしなかったときは、平成一五年一二月一三日、求償金元本の四〇パーセント相当額と、元本全額に対する遅延損害金を支払うことになったものと解し、上告人が、平成元年一二月一二日の和議支払い日に分割金の支払いをした旨の主張立証をしていないことをもって、上告人は、本件和議条件に定められた免除の利益を受けられない旨判示している。
二 原判決の認定の誤り
1 原判決によれば、右判示は、和議条件を「和議債務者に有利に」解した結果であるとのことである。しかし、和義条件をどのように「和議債務者に有利に」解すれば、右判示のような結論にいたるのかについては、一切明らかにされていない。
2 本件和議手続において決定された和議条件は、別紙のとおりである。
ところで、本件和議条件における支払い期日の設定は、いうまでもなく、本来和議認可決定までに届出があり、その存否、範囲について争いのない債権について定められたものであるから、右認可決定確定後に届出がなされた債権、あるいは本件求償債権のように債権自体の存否、範囲について争いのある債権等の取扱いについては、右和議条件からは、必ずしも一義的に明らかになし得るものとはいえない。
右のような債権についての取扱いは、和議条件が、実質的には和議債権者と和議債務者との和解契約としての性質を有することに鑑み、和議条件決定の際の右当事者の合理的意思を探求して決すべきものである。ちなみに、このような判断をなす際においては、和議手続が、破産手続と同じように倒産処理手続の一つであるが、債権者の譲歩により債務者の更生を目的とするものであることに留意するべきである。
そこで、本件求償債権について考えてみるに、まず、原判決が、本訴状送達後の最初の和議債務支払い日をもって、第一回の支払い期日が到来するものと解したことには問題はないと思われる。本件求償債権は、期限の定めのない債権として成立したものであると解されるところ、和議認可決定の効力は、本件求償債権にも及んでいるものであるから、履行請求後の最初の和議債務支払い日において、その第一回支払い期日が到来するものと解されるからである。
しかし、原判決は、引続いて、右支払い期日に上告人が分割金の支払いをしたことを主張立証をしなかったことをもって、上告人は、別紙和議条件記載2において定められている残債務の免除を受ける利益を享受できないものとしている。
原判決の右判示は、以下の二点において、不当かつ誤っており、判決に影響を及ぼす違法が存する。
3 第一に、本件求償債権におけるように、当事者間で債権の存否、範囲そのものが争われ、訴訟が遂行されている債権について、右訴訟遂行中に、債務者が和議債権の支払い期日を徒過し、その後、訴訟手続が債権者勝訴にて終了したとき、右の支払い期日徒過の事実をもって、直ちに残債務免除の利益が失われると解すべきか否かは、本件和議条件における文言からは、明らかではない。
むしろ、和議債権者及び和議債務者の合理的意思を探求すれば、右のような場合には、支払い期日の徒過によっても、直ちには、残債務免除の利益は失われず、結局のところ、分割金の最終支払い期日までに遅滞を解消すれば、すなわち、最終支払い期日までに元本の六〇パーセントの支払いを完了すれば、和議債務者は、残債務の免除を受けることができるものと解するのが最も当事者の意思に適い、合理的であると考える。
これを実際的に考察しても、債務者が、当該債権の存否、範囲について争っている以上、訴訟手続進行中に支払い期日が到来したからといって、債務者が任意に分割金の支払いをすることは通常考えられないことであるし、かえって、原判決の考え方をとれば、争いのある債権を訴求する者は、和議債権全額の弁済を受けることが可能となって、和議債権者間の公平を害することになり、その不都合は明らかである。
4 第二に、仮りに百歩譲って、原判決のように、支払い期日の徒過により、残債務が免除されないという不利益が当然発生すると解する場合、和議法六二条と抵触することとなると思われる。
和議法六二条は、破産法三三〇条を準用し、和議債権者は、和議債務者が和議条件に従って債務を履行しないときは、和議において定めた譲歩を取消すことができる旨規定している。この譲歩の取消しは、債権者の意思表示によってなされる。
とすれば、和議債権者としては、債務者が、和議条件に定められた債務の履行を怠ったときは、和議法六二条に基づき、譲歩の取消しの意思表示をなすべきであるのに、原判決の認定によれば、同条によらずして、実質的に譲歩の取消しを認めたのも同然であり、和議法が同条により「譲歩の取消し」の制度を設けた意味がなくなってしまうこととなる。
実際のところ、別紙和議条件記載2の文言をみるに、これをどのように解釈してみても、和議債務者が債務の支払いを怠ったときにおいて、和議債権者の何らの意思表示を要せずして、和議債務者は、当然に免除の利益を受けられなくなるものと解することはできない。
しかも、原判決は、残債務の免除を取消す旨の債権者の意思表示があったか否かについて、何ら審理しないまま、単に支払い期日に分割金の支払いをした旨の主張立証がないことを理由に、上告人は、残債務の免除の利益を受けられなくなった旨判示しているものであって、原判決の認定の誤りは明白である。
三 以上の次第で、原判決は、本件和議条件の解釈を誤っており、この誤りは、判決の理由の不備、もしくは、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違反の該当するものである。従って、原判決は、当然破棄されるべきものである。
第二点<省略>